山﨑 俊希
「人は一人では生きていけない」
これが、税について考えた僕の結論だ。
昨年の台風二十一号は、西日本に甚大な被害を及ぼした。戦後最大級の台風と言われていたので、僕ら家族は避難所に避難した。
台風が近づくにつれ、雨風は激しさを増し、避難所の窓からは、民家の屋根が風でめくり上がり、飛ばされていく光景が見えた。電柱が倒れ、信号機は止まり、停電の為に辺りは暗闇、味わったことのない恐怖だった。
避難所では、市の職員の方が水やうちわ等を支給してくれたり、とても親切だった。市の職員の方にも家族があり、家族の事が心配だろうと思うが、僕らを守る為に働いてくれていた。
この台風では、多くの家屋の屋根瓦が飛ばされる被害が出た。台風が去った後、辺りの家屋の屋根には、ブルーシートが掛けられていた。実は、このブルーシートの多くは、市から支給されたものだ。
屋根を覆うブルーシートをはじめ、この災害で多くの人々が、税金によって助けられた。避難所で支給された水、働く市の職員の方々、信号が止まった交差点に配備された警察官、強風で壊れた信号機の修理費など様々だ。勿論、避難所である公民館の建設費や設備費なども税金から支払われている。
つまり、税金がなければ、災害時に安全に過ごす避難所もないのである。被害にあっても、元の安全な生活に戻ることも出来ないのだ。
僕らの生活は、国民一人一人が納める税金によって成り立っている。消防、警察、救急活動など皆の安全を守る活動、ゴミ収集など皆が快適に安心して暮らすための活動、医療費や介護費など皆が支え合い豊かに暮らすための活動などに税金は使われている。子ども達の学校の授業料など、教育費用にも多額の税金が使われている。
要するに、税金によって我々の生活が安全で、豊かなものになっているのだ。人は、税金に守られて生きている、生かされていると言える。
人はなぜか、税金を納めることに対し、損をしたかのような感情を抱く。それは、税の使い道について、あまりにも無知だからだと思う。納めた税金は、紛れもなく自分に返ってきているのだ。幸せの形として。
人は、決して一人では生きていけないと思う。助け合い、支え合いながら生きていくのだ。邪馬台国の卑弥呼の時代から…。

